言葉を乱暴に使ってしまったから自重する。私が言葉を操作できなくてとても可哀想に思えてきたので、乱用しないように。大事にしよう。私から出る言葉で他者になにかを伝えたいのかというとそれだけでもない。反応、生存を表すだけの言葉ではなく。今まで短絡的過ぎやしないか


私は説明がつかない感情と向き合いたい。でも受容する側がポンコツだと言葉が躊躇う。言葉はなにも悪くない。申し訳ないことをした。仕事の帰り道、頭のなかでごめんなさいと謝った。人生振り返ると馬鹿にされることには慣れていたはずだ。嘲笑われてもいいと思っていた。発する度に薄まる気がする。私はいいけど、言葉まで虐げられるべきではない


言葉を息子に例えよう。ちゃんと準備をさせて、寝癖を直して、玄関で軽くハグをして「いってらっしゃい」ってドアが閉まるまで見送らないと。帰ってきたら「おかえりなさい、無事でよかった」とおもいっきり抱きしめないと。私は私を承認する前に言葉との溝を埋めないといけない。文法とかどうでもいい。何が正しいなんてクソどうでもいい。正しい日本語、伝わりやすい表現、上手い、綺麗な表現をしたいとかではない


言葉が泣いてた。本当に泣いてた。傷付けてしまった。私なりに努めよう。時間を作ろう